作品紹介
作品情報
ウォッチメン
(原題:Watchmen)
原作:
・Alan Moore(アラン・ムーア)
作画:
・Dave Gibbons(デイブ・ギボンズ)
掲載誌:
・DC Comics
掲載期間:
・1986年~1987年
既刊:
・全12巻/完結(1987年に単一巻にまとめられた)
あらすじ
1985年10月、ニューヨーク市警はエドワード・ブレイクという男が殺された事件を調査していた。
被害者は筋骨隆々の大柄な男、強化ガラスが内側から割られるほどの力で投げつけられた痕跡、副大統領と握手している被害者の写真…。
被害者がただ者ではないと気づいた警官は深入りするべきではないと、犯行現場を後にする。
1977年に政府公認のヒーロー以外の自警行為を違法とする「キーン条約」が発令され、かつて活躍していたヒーローの大半が引退した後も一人ヒーロー活動を辞めない男がいた。
"ロールシャッハ"だ。
ロールシャッハはブレイクの正体が政府諜報員として働くスーパーヒーロー"コメディアン"であることを突き止め、「この事件はヒーロー狩りである」という仮説を立て、かつての仲間たちに警告を発する。
しかし、元相棒の二代目"ナイトオウル"、政府に公認された"Dr.マンハッタン"(この世界唯一のスーパーパワーを持つ)と彼の恋人である二代目"シルクスペクター"、商業的に大成功を収めた"オジマンディアス"は彼に取り合おうとしない。
コメディアンの葬儀の後、テレビに出演したDr.マンハッタンは彼の身体から発せられる放射線が友人や同僚の癌の原因だと非難され、自身を火星にテレポートさせた。
「歩く核抑止力」と呼ばれたDr.マンハッタンの不在を知ったソビエトはアフガニスタンに侵攻、世界情勢は悪化の一途を辿る。
さらにオジマンディアスの暗殺未遂事件がおこり、ロールシャッハの懸念が現実になる。
しかし、ロールシャッハはかつてのスーパーヴィランであるモーロックを殺害した容疑で投獄される。
世界はこのまま第三次世界大戦に突入してしまうのか…。
レビュー
感想
いくらネタバレなしとは言え、ここから先の感想が伝わらないといけないので、先に補足。
本作で言う「スーパーヒーロー」は特殊能力があるわけではない。
「スーパーマン」より「バットマン」の方が近い。
彼らは身体能力が優れているとは言え基本的には一般人なので、普通に「マスクかぶって悪人を倒す、正義感が暴走した変わったヤツ」だったりする。
1930年代に彼らが集結し、初代スーパーヒーロー集団「ミニッツメン」(Minutemen)を組織。
このあたりから今僕らが生きている世界と分離していくんだけど、1950年代に不慮の事故から生まれたDr.マンハッタン(あらゆる原子を操作できる能力を持ち、自分の体験した過去・現在・未来の事象を同時に認識する)の登場を機に大きく世界が変わっていく。
初代ヒーローはそれぞれの理由で引退し、第2世代のスーパーヒーロー達が新たな組織「クライムバスターズ」(Crime Busters)を結成しようとするも、意見の相違により結成ならず。
ヒーローは政治や戦争に巻き込まれるようになり、Dr.マンハッタンとコメディアンはベトナム戦争に投入され、アメリカが勝利。
これによりリチャード・ニクソン大統領は3選を果たし、大統領の任期を無期限に変更。
大衆の反自警団感情の噴出を契機に、1977年に「キーン条例」が制定し、ヒーロー活動は実質的に非合法化されてしまう。
前置きが長くなってしまったが、上記の背景を踏まえて感想を。
このコミックスを貸してくれた職場の先輩とも話したんだけど、ヒーローものというかバリバリのSFだった。
「少し不思議」でも「サイエンス・フィクション」でもなく、「スペキュレイティヴ・フィクション」。
現実世界に近い位置に立つ空想科学世界で起きる超現実的な出来事を前にして、我々はどう生きるのか。
倫理学の思考実験「トロッコ問題」が物語の最下層レイヤーに位置しているように感じる。
善とは何か、悪とは何か。
ロールシャッハやコメディアンのキャラクターの見せ方が複層的で、不器用な人間らしさを描くのが非常に上手い。
また、人間性を失い、神の視点を持ったDr.マンハッタンの存在が本作の投げかける問いを際立たせる。
SF文学の最高峰The Hugo Awards(ヒューゴー賞)をコミックとして唯一受賞したのも納得である。
ストーリーだけでなく、その表現もまるで小さな部品を組み立てて作る時計のように非常に精密に構築されている。
見事に内容をパッケージングした各章のタイトルと章末に引用される詞や台詞、作中のキャラクターによるレポートや資料、手紙などのテキスト群。
(是非ここまでしっかり読みこんでほしい!)
これらが作品に血肉を与え、より複雑な世界観を構成することに成功している。
スマイリーマークや世界終末時計(アメリカの科学誌「The Bulletin of the Atomic Scientists 」が1947年に核戦争の脅威を警告するために作ったもの)のモチーフの演出に至っては文句のつけどころがない。
火星のスマイリーマークのクレーターなんて鳥肌モノ(創作じゃなくて実在らしい)。
すごすぎる。
やや哲学的なので難しくてよくわからない、つまらないという人もいるかもしれない。
Frank Miller(フランク・ミラー)の『バットマン:ダークナイト・リターンズ』(原題:Batman:The Dark Knight Returns)や、Art Spiegelman(アート・スピーゲルマン)の『マウス―アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語』(原題:Maus: A Survivor's Tale)と並び、アメコミの道標的作品と評される本作、重厚なストーリーが好きな人にぜひとも読んでもらいたい。
2018/11/26追記
借りていた本作を返却する際に面白い情報をいただいたので追記。
作中に新聞スタンドの脇で少年が読んでいるマンガ『黒の船』、やたら思わせぶりに登場するんだけど、これがオジマンディアスの心象風景を表しているんだとか。
いやー、ここまでやるか、アラン・ムーア!
全然気づかんわ。
これは何回も読み返す必要がありそうだ。
もっと作品を楽しむために
世界観を深く理解するためには原作一択なんだけれど、もっと手っ取り早くストーリーだけ知りたいという人や、原作読んだけどちょっとこんがらがって…という人は是非Zack Snyder(ザック・スナイダー)監督の映画『ウォッチメン』(原題:Watchmen)を。
2009年3月6日にアメリカで公開(日本公開は2009年3月28日/R-15指定)。
ストーリーのラストの表現以外はほとんど原作に忠実。
サブキャラに至るまでキャストの顔にも違和感がないのはアメコミの描写ならではだろうか。
日本のマンガではこうはいかない。
ロールシャッハのビジュアルが最高にクール。
これは映像で観れて良かった。
本作を映画から鑑賞する人はMarvel系のアメコミ原作映画を期待しないように。
スーパーパワーやミュータント、派手なカメラワーク、爽快なアクションはほとんど登場しない。