【小説】小林泰三『玩具修理者』
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作品紹介

JACK
『玩具修理者』と『酔歩する男』の2篇から成る短編集。クトゥルフ神話好きは必見!

作品情報

玩具修理者

著者:
・小林泰三

出版:
・1999年、角川ホラー文庫
・初刊は1996年、角川書店

あらすじ

『玩具修理者』

喫茶店で向き合う男女。

男が女に昼間はいつもサングラスをかけている理由を尋ねると、女は昔話を始めた。

かつて彼女の家の近くの小屋には「ようぐそうとほうとふ」と呼ばれる、無料でおもちゃを直してくれる人物が住んでいたという。

この人物はどんなものでもリクエスト通りに直してくれるとして子供たちの間で話題になっていたが、厳しい親に生まれたばかりの弟の世話を押し付けられ、おもちゃの一つも持っていない彼女には他人事であった。

暑いある日、弟を背負ってお遣いに出ていた彼女は歩道橋の階段でふらつき転落。

これにより彼女は顔面の左側に怪我を負い、弟は死んでしまう。

一度は解放感から喜ぶ彼女だったが、親に叱られることを恐怖し戸惑う。

そんな彼女の脳裏に浮かんだのは噂の「玩具修理者」であった。

 

『酔歩する男』

血沼壮士(ちぬそうじ)はバーの帰り道、タクシーを待っていると見知らぬ男に話しかけられる。

小竹田丈夫(しのだたけお)と名乗る男は自分のことをよく知っているというが、血沼自身は小竹田に見覚えがない。

そのことを伝えると、小竹田は血沼と親友だったと語り、大学院時代に出会った菟原手児奈(うないてこな)という女性を巡る話を血沼に話した。

当時手児奈と付き合っていた小竹田は、無意識に男を誘惑してしまう彼女に業を煮やし別れを告げたが、その後彼女が親友の血沼と付き合いだしたことに嫉妬し、口論の末にどちらが好きなのかを手児奈に問い詰める。

「答えを出すから」と二人に告げた手児奈はその日のうちに轢死、悲しむ二人は医学部へ編入してクローン技術で彼女を蘇生させることを決意する。

小竹田は無事医学部への編入を成功させたが、編入に失敗した血沼は引き続き物理学での手児奈救出法を模索すると約束する。

それから30年が経過し、医学部の教授となり手児奈喪失の傷跡も治りかけていた小竹田のもとに血沼がやってきて、時間遡行することで彼女を救い出すことが可能だと力説する。

量子線癌治療装置で時間を認知する特定の器官を破壊することで、時間遡行が理論的には可能だという血沼の勢いに負け、実験を決行した二人だったが…。

レビュー

感想

「お化けとか呪いとかなしで怖い小説ない?」と聞かれたら真っ先に薦めたい一冊。

掲載されている2篇はどちらも干渉し合わない独立したストーリーで、『玩具修理者』の方は得体の知れないものへの恐怖、『酔歩する男』は時間遡行による認識の崩壊による恐怖を描いている。

どちらも最後に一発頭をガツンとぶん殴ってくれる終わらせ方なので、読後に軽い眩暈を覚える。

特に『酔歩する男』はどこか夢野久作『ドグラ・マグラ』を彷彿とさせる傑作。

自分の認識する「時間」や「現象」があやふやになっていく。

 

この2篇、どちらも元ネタがあって、『玩具修理者』はクトゥルフ神話、『酔歩する男』は菟原処女伝説や真間手児奈伝説をベースにしているようだ。

クトゥルフ神話も時間遡行も好物な僕としてはもっと多くの人に読んでもらって色々語り合いたいのだけれど、グロ描写苦手、専門用語多いのとか頭使うのは無理という人にはちょっとお薦めしづらい。

マンガ『HUNTER×HUNTER』が好きな人には是非『玩具修理者』を読んで欲しいし(ネフェルピトーの念能力の名前がまんま「玩具修理者」。本作が元ネタかな?設定はちょっと違うけど)、ゲーム(もしくはアニメ)『Steins;Gate』が好きな人はきっと『酔歩する男』がヒットするはずなので少しでも興味があれば読んでみて欲しい。

 

補足

間違えがちだけど著者名「小林泰三」は(こばやしたいぞう)ではなく(こばやしやすみ)。

もっと作品を楽しむために

クトゥルフ神話について

アメリカのパルプ・マガジン作家Howard Phillips Lovecraft(ハワード・フィリップス・ラヴクラフト)を中心として彼の作家仲間と共に形成された神話大系。

この神話体系がいつ頃形成されたのかは不明だが、"Cthulhu"の単語については1928年にパルプ・マガジン「Weird Tales」に掲載された"The Call of Cthulhu"(邦題:クトゥルフの呼び声)が初出のようだ。

この"Cthulhu"は本来人間には発音不能なものを無理やり表記したものとされており、日本においても「クトゥルー」「ク・リトル・リトル」「クルウルウ」など呼び方は様々。

宇宙の無関心を描くコズミック・ホラーなので、登場人物が恐怖や狂気に襲われがちで基本的に暗い雰囲気のものが多い。

この世界観は多くの作家に共有されており、あらゆる作品にその片鱗が見て取れるので、基礎知識だけでも知っておくと色んな作品の元ネタがわかって楽しいと思う。

もっと詳しく
クトゥルフ神話について簡単に説明してくれているwebサイト。
軽く周辺情報わかればいいやという方向け。

 

海野しぃる氏によるクトゥルフ講座。
氏自身がクトゥルフ系の作品を書かれているだけあって、とてもわかりやすくまとまっている。

 

この『玩具修理者』では、玩具修理者「ようぐそうとほうとふ」はクトゥルフ神話に登場する「外なる神」の副王、「全にして一、一にして全なる者」「門にして鍵」「漆黒の闇に永遠に幽閉されるものの外的な知性」「原初の言葉の外的表れ」、ヨグ=ソトース(原語:Yog-Sothoth)をモデルに描かれている。

また、登場人物の女性が噂に聞いた「くとひゅーるひゅー」という玩具修理者の叫び声は「旧支配者の大司祭」クトゥルフ(原語:Cthulhu)に違いない。

さらに修理中に発するセリフ「ぬわいえいるれいとほうてぃーぷ」、これは「這い寄る混沌」「無貌の神」「強壮なる使者」「闇の跳梁者」ナイアーラトテップ(原語:Nyarlathotep)を喚ぶ声だ(ニャルラトホテプの方が有名か)。

登場人物の女性に「ようぐそうとほうとふ」が初めて話しかけたときに発した「てぃーきーらいらい」は少し難しかったが、ショゴス(原語:Shoggoth)の鳴き声「テキリ・リ」(原語:"Tekeli-li")が元だろう。

以下二つは元ネタがわからなかった、悔しい。

解読した人いたら教えてくれ…。

りーたいとびー、ぎーとべいくく、……

小林泰三『玩具修理者』

すひーろうびーようゆーいぃーえいふいぃーえいふいぃーえいふ、あいめいがいにーどりーみーる、……

小林泰三『玩具修理者』

 

2018/10/16追記

長年の謎がついに解けました。

全てThe Beatlesの歌詞だった。

「りーたいとびー」="let it be"

「ぎーとべいくく」="get back"

「すひーろうびーようゆーいぃーえいふいぃーえいふいぃーえいふ」="she loves you, yeah, yeah, yeah"

「あいめいがいにーどりーみーる」="imagine"+"(You may say I'm a) dreamer"

"Let It Be"と"Get Back"はweb上で発見、"She Loves You"はツイッターで質問したところ、教えてくださったお方が。

これらのヒントから"Imagine"に辿り着けた。

ありがとうございました、超スッキリ!!

修理しながらThe Beatles歌ってるの怖すぎだろ…。

SAN値下がるわ…。

JACK
この日ほどtwitterやってて良かったと思った日はなかった…

 

クトゥルフ神話、一度しっかり勉強したいなぁとは思いつつもシェアード・ワールドなだけあってどんどん新しい設定が生まれていくのでどうも手を付けられないでいる。

日本でも整理された本もいくつか出版されてはいるんだけれど。

ちなみに海外ではCthulhuWikiというファンページもあるので興味のある方はこちらも。

URLがhttp://www.yog-sothoth.com/(ヨグソートスドットコム)なのが最高。

 

菟原処女伝説・真間手児奈伝説について

万葉集に歌が遺る求婚説話。

兵庫県芦屋市の『菟原処女』(うないおとめ)伝説と千葉県市川市の『真間の手児奈』(ままのてこな)伝説、どちらも「絶世の美女が二人以上の男性に求婚を迫られ、争いの原因となってしまっていることに責任を感じ、自殺してしまう」といったストーリー。

ストーリー詳細が気になる方は以下をご参照あれ。

もっと詳しく
菟原処女伝説を口語訳しているwebサイト。
昔話や妖怪話もまとめてあってとても面白い。

『酔歩する男』では登場人物の名前からこれらの伝説がベースになっていることがわかる。

まぁ、ストーリーの展開もあらすじで書いた部分はこの伝説のフォーマットに倣っているんだけれど。

 

作品内では血沼壮士(ちぬそうじ)と小竹田丈夫(しのだたけお)が菟原手児奈(うないてこな)を巡って争っていたという作りだった。

万葉集では菟原壮士(うないおとこ)と血沼壮士(ちぬおとこ)が菟原処女(うないおとめ)を巡って争うという設定になっており、ここに主人公「血沼壮士(ちぬそうじ)」が現れる。

ちなみに女性の名前はこれに手児奈伝説を足したものなのでわかりやすい。

歌の詠まれる人や場所によってこの男性二人の名前は変わるのだが、「小竹田丈夫(しのだたけお)」の名はおそらく観阿弥の能楽『求塚』(もとめづか)からきている。

こちらでは小竹田男(おさだおとこ)と血沼丈夫(ちぬのますらお)が菟原日処女(うないおとめ)を巡って争っている。

ここで面白いのが彼の名前に主人公血沼の名前「丈夫」が使われているところだ。

小説を最後まで読んだ人はその可能性について既に疑ってかかったかもしれないが、小竹田が本当に実在していたのか、血沼の認識から生まれたものなのかはもはやわからないのだ。

JACK
こういう眩暈のする読後感、すごく好きなのよねぇ。
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