作品紹介
作品情報
ぬいぐるみを檻に入れられて
(原題:They Cage the Animals At Night)
著者:
・Jennings Michael Burch(ジェニングズ・マイケル・バーチ)
翻訳:
・塩谷紘
出版:
・1989年、暮らしの手帖社
・原著は1985年、Perfection Learning
あらすじ
第二次世界大戦後、世界一の国力を誇っていたアメリカが舞台のノンフィクション。
当時8歳のジェニングズ(筆者)は6人兄弟の5番目。
アルコール依存症の父親と別居した病気がちの母親と兄弟らと共に過ごしていたが、生活がままならず、ある日突然孤児院「天使院」に出されてしまう。
突然の環境の変化と孤児院のルールに馴染めないジェニングズだったが、みなし子で物心ついた頃から天使院にいた少年マークや、明るい少女ステーシーとも打ち解け、徐々に天使院での生活に慣れていく。
天使院では夜眠るまでの間、一人ずつ好きなぬいぐるみをベッドに連れて行くことが許されており、これが孤児らの最大の楽しみであった。
ジェニングズが選んだのは茶色い犬のぬいぐるみ「ドギー」。
「別れが辛くなるから友達は作らない」というマークの言葉通り、ステーシーは養子にもらわれ、ジェニングズのもとへも母親が迎えに来て全員離れ離れになってしまう。
毎朝「檻」にしまわれてしまう動物のぬいぐるみたちであったが、ジェニングズはシスターの計らいでドギーをこっそり家に持ち帰ることに成功し、それ以降彼を相棒として過ごすようになる。
複数の孤児院での出会いと別れ、家族や友人との関係、心無い人や心優しい人とのやり取りを経て、ジェニングズは愛情に触れていく。
レビュー
感想
これはすごく個人的な感想になってしまうのだけれど、この本は僕の祖母が亡くなる間際に読んだと思われるもので、形見として今もボロボロなまま本棚に置いてある、大切な本である。
何年かに一度読み返すんだけど、先述の理由を脇に置いても毎回激しく心を揺さぶられる一冊だ。
内容は違うんだけれど、フジテレビの世界名作劇場『母をたずねて三千里』とか『ロミオの青い空』を何だか思い出してしまう。
上の例を見て同じ世代の人は気づいたかもしれないけど、孤児院のシスターや里親にもひどい人がいたり、いじめっ子がいたりして、それでも心優しい人と出会えて…といった感じのストーリー展開で書かれているんだけど、「これ実話なんだよなぁ」と思うともう不憫でならない。
幼いのに家族と引き離され、孤児院でできた友達とも引き離され、大切な人を失い、相棒はもの言わぬぬいぐるみだけ。
著者の当時の年齢のままの目線で書かれているため、当時の時代背景などは一切描かれない。
1940年代後半~1950年代前半、世界で最も豊かだったはずのアメリカの「陰」を生きる少年の悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。
ジェニングズは心根が素直で、環境にも適応できる逞しさを持っており、優しい人と出会えたけれど(ちゃんとハッピーエンドだから安心して!)、他の登場人物のその後は杳として知れない。
これもノンフィクションならでは。
僕らは想像することしかできない。
1988年に書かれた訳者あとがきによれば、「四十年後の今日でも、アメリカ社会では相変わらず繰り返されてい」るようだ。
2018年、このあとがきが書かれてから30年が経過したが、おそらくそれは変わらない。
アメリカだけでなく、もちろん日本でも起こっていることだろう。
普段見えない、見ようとしないだけで。
この本を読む度に「せめて僕は自分の手の届く範囲の人には優しく誠実でいよう」と思うものである。
もっと作品を楽しむために
国際ニュース通信社Reuters(ロイター)によると本作は、Michael Jackson(マイケル・ジャクソン)が2002年から亡くなる3カ月前(2009年)までずっと映画監督の一人として関わりたいと望んでいた作品だそうだ。
プロジェクトはB級映画監督Bryan Michael Stoller(ブライアン・マイケル・ストーラー)への共同監督の持ち掛けに始まり、Mel Gibson(メル・ギブソン)の会社「Icon Production」と共に計画がスタート、2003年に脚本が完成するとマイケルは当時の住居Neverlandに当時67歳でガンを患っていたジェニングズを招く。
ハリウッド最初の業界紙The Hollywood Reporterが展開するTHR.comに当時の様子が残っているので、気になる方はこちらを。
後半はブライアンの監督する映画"Miss Cast Away and the Island Girls"(邦題:マイケル・ジャクソン IN ネバーランディングストーリー)のトレイラー。
マイケルの死亡直前に出演した最後の映画なんだけど、B級臭がすごい。
幼いころからスターで、同じ頃の年齢の子どもたちが遊んでいる様子をホテルから眺めて孤独感に苛まれていたマイケルと32か所の児童養護施設を渡り歩いたジェニングズの対話映像。
お互いシンパシーを感じる部分があったのか、マイケルに対し「友達でいてくれる?」と問いかけ「約束するよ、僕らは同じだ」と返すシーンが印象的だ。
映画化の話はどうなったかと言うと、マイケルが2005年に性的虐待疑惑で起訴されたことを受け、Icon Productionは契約を破棄。
2009年にマイケルが、2013年にジェニングズが亡くなってしまい、この話自体雲散霧消してしまったようだ。
ジェニングズは本作の続編として、警官として過ごした時代を本にまとめる意思を示していたようだが、これも僕が捜す限りでは見つけることができなかった。
出版する前に亡くなってしまったのだろうか。
二人とも少年時代を自分ではどうすることもできない濁流に流されてしまい、たまたま成功を収めたからこうして美談として語ることができるけど、本当はそんな社会は生み出すべきではないんだよなぁ、と考えさせられる作品だった。